【特集】地獄の扉を開く 知られざる「温泉蒸し芋」の世界 小浜温泉


長崎県東部の島原半島の西側に位置する「小浜温泉」という温泉地で、サツマイモの新たな食べ方に出会った。温泉地ならではの地底から湧き出る高温の蒸気を利用した、その名も「温泉蒸し芋」。温泉卵ならいざ知らず、サツマイモまで蒸して調理するという。一体、どんな味や食感に仕上がるのか――。現地を訪れた。【さつまいもニュースONLINE】

海辺に広がる小浜温泉の温泉街

小浜温泉は、同県最高峰の平成新山を擁する火山「雲仙岳」のふもとにあり、橘湾という湾を望む海辺の温泉地だ。

温泉を生かしたまちづくりに積極的に取り組んでおり、小浜温泉の源泉温度105度にちなみ、総延長105メートルの屋外足湯施設「ほっとふっと105」を2010年に整備。「日本一長い足湯」ということで地元のアピールする名所となっている。

屋外足湯施設「ほっとふっと105」

このほっとふっと105のある「小浜マリンパーク」という公園内の一角にある湯畑のそばに鎮座するのが、蒸し釜だ。

湯畑のそばにある蒸し釜

周辺では常にもうもうと白い蒸気が噴き上げており、硫黄のにおいが立ち込める。釜は石造りで、屋根のないスタジアムのような外観をしていた。その外周に沿って、計6つの釜の投入口が用意されている。

驚くことに釜の利用料は無料。ただし、釜が痛まないように、投入できるのは天然素材のカゴのみといい、カゴの持ち合わせがない場合は、20分300円で竹カゴをレンタルすることができる仕組みだ。

蒸し釜の投入口

地元の人や観光客が続々とカゴを投入していく。取材をしてみると、王道のタマゴのほかにも、ブロッコリーやトウモロコシ、ウインナーまで。小玉のサツマイモも近くで販売しており、20~30分ほどで蒸しあがるという。

計6つの投入口が用意されている

地元の女性に話を聞くと、持ち込んで蒸しあがった品を持って、足湯につかりながら食べるのがよいのだという。冬の冷たい海風が吹く中、足湯で暖をとりながら、ほかほかの蒸し芋が味わえるのだ。

手前の蒸し釜で食材を蒸し、奥の「ほっとふっと105」で味わうのが通という

ただ、周辺には同じように自前の釜を活用した蒸し料理店がそこかしこにある。サツマイモを持ち込んでセルフサービスで蒸すのもいいが、せっかくなら蒸し芋に精通したプロの蒸し芋を試食したい―。

プロの「温泉蒸し芋」を味わう

行きついたのが、「小浜マリンパーク」に隣接するマリーナの一角で営業する物産店「小浜海産」(雲仙市小浜町マリーナ)だ。「温泉蒸し芋」として紅はるかやシルクスイートを1本400円で販売している。

石造りの釜の上に置かれた木製の蒸し器が置かれていて、高温のせいか、もうもうと白い蒸気を吐き続ける様子は神々しささえもあった。

白い蒸気が挙がり続ける蒸し器

やけど防止で、蒸し器のふたは滑車につながっており、中空から垂れ下がった縄を引くと、滑車がまわり、ふたが持ち上げられる仕組みだ。

縄を引くとふたが持ち上がる蒸し器

そうして、ふたを持ち上げると、さらにもうもうと高温の蒸気が周りにあふれ出した。蒸気がある程度、霧散して浮かび上がってきたのが、ホイルにまかれたサツマイモたち。

蒸し器の中のサツマイモ

この日は紅はるかを使用とのこと。無料の蒸し釜の近くで売られていた小玉のサツマイモと違い、20センチほどのゴロっとしたイモが蒸されていた。じっくりと90分ほどかけてほかほか蒸気で蒸すことで甘みが増すのだという。トングではさんでザルに上げ、レジで購入。早速、その場で試食してみることにした。

購入した紅はるかの「温泉蒸し芋」

まかれたホイルをほどいていくと、蜜で皮がしっとりとなった紅はるか。じっくり蒸されているせいか、蜜もあふれ、さっそく手指がべたべたになるほどに。

蜜があふれて、皮がしっとりした様子

ただ、とてもの熱さで素手では持てないほど。包み紙やアルミホイルを添えて、やっとの思いで割ってみると、やはり内部も相当の熱がこもっており、蒸気がふわっと上がった。

素手で持てないほど熱々の芋

食感はねっとりとまではいかず、食感も残しつつ、しっとりとしていた。

驚いたのは、香りだ。温泉卵のように硫黄のような香りがつくのでは、と期待と懸念が入り混じっていたのだが、ホイルでまかれているせいか、温泉卵のような独特の香りはほぼなく、それより、芋本来のイモイモしい香りが強調されたような様子。

焼き芋の香ばしさこそないが、サツマイモ好きにとって原点ともいえる、まぎれもないど真ん中のイモイモしい香りが、味わうことができた。「焼き」ではなく「蒸し」なので、素材本来の食味や香りが豊かに仕上がるということなのだろうか。

温泉蒸し芋

寒風の中、蒸し芋で暖をとる幸せ

寒風が吹く海辺で1本を味わった。食べているそばから口の中やイモを持つ手、体全体がポカポカしてきた。イモからとる暖はなぜ、こんなに幸せな気持ちにしてくれるのだろう。

調べてみると、温泉蒸し芋自体は他の地方でも食文化としてあるといい、温泉の熱を活用した調理法なので「地獄蒸し」などと呼ぶ地域もあるという。

調理法も食べ方も、奥深く多様な、まだまだ知らないサツマイモの世界がある――。サツマイモ好きの探求心をかき立てるような、新たな世界の扉を開く稀有な体験となった。